人の幸せっていうのは、私の中には微妙なラインで存在します。
好きな人の幸せならば嬉しいし、そうでない人の幸せは腹立つだけだし、かと思いきや日によっては、嫌いな人の幸せだって嬉しく思える時もある。
要は気分屋なんです。
でもそれで片付けてしまうと一言で終結してしまってつまらないので、もう少し。
好きな人と話ができた日は、一日中ご機嫌です。
好きな人と連絡がつかない日は、一日中ダークです。
前者のうちに、私がいつも「鬱陶しいなあ、この子」と思っている子に「私、彼氏できたの~♪」なんて言われても、きっと笑顔で「そうなの良かったね~」とお姉さんぶっていられるでしょう。
しかし後者の日に同じことを言われると、思わず毛虫とか青虫とか捕まえてライターであぶってやりたくなります。
でも本人相手に「お前のままごと話に付き合う暇はないんじゃボケ」なんて、決して言いません。
言った後が面倒くさい。ここが女の嫌なところです。
ていうか、つまらないですよね、人様の幸せなんて。
自分が幸せでなきゃ人生楽しくないじゃないですか。
(ここで「幸せって何だっけ」という議論はしないことにします。私の場合、自分で幸せだと感じたらそれが幸せです)
好きな相手の幸せ話は聞いてて嬉しい。てことは幸せ話を聞いてて嬉しくなれる相手が好きな相手で、腹立つやつは嫌いな相手なんだろう、てなことは今更私が言わなくたって誰しも知ってることなんだろうけど。
でもそこで「おや、まてよ」と思うのが、同じ人の幸せ話でも、聞いてて腹立つ日と腹の立たない日があるってことです。
私はここのコントロールができるようになりたいんですね。
もうちょっとこう、精神を安定させたい。
子どもが走り回る姿を見て、「かわいいなあ」と思う日と「うるさいわねこの宇宙人」と思う日のテンションの落差を、どうにかして自分好みに制御したい。
「うるさいわねこの宇宙人」と思う日は大抵イライラしているわけですが、それまでご機嫌だったのに突如としてイラっときたりもするんですよ。
そうすると自分で「あー私今日は怒り日だなー」とわかるので、そんな自分がますますかっこ悪く思えるんですね。
そしてどんどん精神が磨耗していくという悪循環。
感情制御のメカニズムとか勉強したほうがいいんですかね。
それって何の分野だ?心理か、医学か、人間工学か。